交配の表記法




性別


ショウジョウバエの遺伝学において、性別の表記は下記のとおりです。

 ♀  雌、ただし暗黙の了解として処女雌を表すことがほとんど
 ☿  処女雌
 ♂  雄

とくに交配に用いた頭数を明記したい場合は、下記のような表現例があります。

 ♀♀  複数頭の雌
 ♂♂  複数頭の雄
 5♀♀  5頭の雌
 1♂   1頭の雄



世代


世代の表記として下記のような表現例があります。

 P  親世代(parental generation)
 F1  子世代(first filial generation)
 F2  孫世代(second filial generation)

あるいはgenerationの頭文字をとって、

 G0
 G1
 G2

と表記してあることもあります。



染色体の関係


変異の乗っている染色体の位置関係を表す記号として、下記ものがあります。

 /  相同染色体間
 ;  染色体間

ここで、遺伝子型の例を見てみましょう。遺伝子型は第一染色体~第四染色体の順に左から書いていきます。なお、染色体の本数については「核型と性差」を、遺伝子記号の読み方は「遺伝子記号」を御覧ください。

 w f/w f; S Cy+/S+ Cy; e/e; +/+

左端の w f/w f 部分が第一染色体で、二本の相同染色体にはともに w f が存在します。よって、w と f のホモ接合であることがわかります。そして ; で区切ってからの S Cy+/S+ Cy 部分が第二染色体で、相同染色体はそれぞれ S Cy+ と S+ Cy の異なった対立遺伝子をもつことがわかります。S遺伝子座については S/S+ のヘテロ接合です。Cy遺伝子座については Cy+/Cy のヘテロ接合です。 ふたたび ; で区切ってからの e/e は第三染色体で、e のホモ接合です。さらに ; で区切ってからの +/+ は第四染色体で、二本の相同染色体はともに野生型であることがわかります。一般には +/+ の遺伝子座や染色体を無視して、

 w f/w f; S Cy+/S+ Cy; e/e

となります。ここで、簡易な記号を用いて書きなおせば、下記の(1)になります。さらに、ホモ接合の遺伝子座についても省略を施せば(2)になります。

 w f/w f; S +/+ Cy; e/e   ...(1) 交配図用
  ↓
 w f; S/Cy; e   ...(2) 遺伝子型記述用

交配図を描くときは(1)、文章中で遺伝子型を書くときは(2)が使いやすいでしょう。ちなみに、S と Cy が同じ染色体上に乗っていた場合を仮定すると、下記の(1')(2')になります。

 w f/w f; S Cy/S+ Cy+; e/e; +/+
  ↓
 w f/w f; S Cy/S+ Cy+; e/e
  ↓
 w f/w f; S Cy/+ +; e/e   ...(1')
  ↓
 w f; S Cy/+; e   ...(2')

上記の(2')では、ヘテロ接合であることを明示するために + が書かれています。(1')における二つの + はそれぞれに遺伝子座を表し、(2')の + は染色体を表しているのです。それでは、交配式の一例を書いてみましょう。

 ♀♀ Cy/Pm × +/+ ♂♂

かけ算の記号(×)は交配することを意味します。遺伝子型にマーカーを一個も含まない野生型個体は、空欄にしておくわけにもいきませんから +/+ とだけ表記します。交配式の中では雌を先(左側)に、雄を後(右側)に表記する傾向があります。さて、これまで紹介してきたことを応用して、交配図を描いてみましょう。例として、二つの可視マーカーをもつ系統を作出するプロセスを示します。ふつうは実験上注目する遺伝子型のみを書き出して、

P   ♀♀ cn/cn; +/+ × +/+; e/e ♂♂
F1 ♀♀ cn/+; e/+ × cn/+; e/+ ♂♂
F2 ♀♀ cn/cn; e/e × cn/cn; e/e ♂♂
系統化

となります(P世代は ♀♀ cn/cn × e/e ♂♂ と書いてもよいでしょう)。交配図においても、親世代(P)は雌を先(左側)に置く傾向がありますが、後代では雄の選抜、複雑な分岐、紙面の節約などの理由により雌の位置を統一できないこともあります。雌を左側に統一できている交配図は、細胞質遺伝の追跡をする際に見やすいです。本サイトでは、相同染色体同士を / で区切って左右に並べることで遺伝子型を表現していますが、分数のように上下に並べることで遺伝子型を表現する方法もあります。参考までに、上記の交配図と同内容のものを上下に並べる方法で描いておきます。

P   ♀♀ cn ; + × + ; e ♂♂
cn + + e
F1 ♀♀ cn ; e × cn ; e ♂♂
+ + + +
F2 ♀♀ cn ; e × cn ; e ♂♂
cn e cn e
系統化


交配図の活用


実験計画を立てるときは、全ての遺伝子型を書き出した交配図と、表現型のみに注目した交配図を描いてみましょう。こうすることで、目的の遺伝子型をもつ個体を、表現型をたよりに選抜可能なのか確認することができます。まず、先ほどの交配図でF2における遺伝子型を全て書き出すと、下記のとおりです。

P   ♀♀ cn/cn; +/+ × +/+; e/e ♂♂
F1 ♀♀ cn/+; e/+ × cn/+; e/+ ♂♂
F2 cn/cn; e/e
[cn e]
cn/cn; e/+
[cn]
cn/cn; +/+
[cn]
cn/+; e/e
[e]
cn/+; e/+
[+]
cn/+; +/+
[+]
+/+; e/e
[e]
+/+; e/+
[+]
+/+; +/+
[+]

よって、遺伝子型は9種類です。続いて、これを表現型のみに注目した交配図に描き換えてみます。実験のときは、遺伝子型は見えず、表現型のみが見えます。したがって、上図は下図のように「見える」はずです。

P   ♀♀ [cn] × [e] ♂♂
F1 ♀♀ [+] × [+] ♂♂
F2 [cn e] [cn] [e] [+]

このように描き改めると大変シンプルで、F2の表現型は4種類しかありません(分離比についてはTable 1.4を参照)。つまり、全ての遺伝子型を判別することはできないのです。幸運にも [cn e] という表現型は、cn/cn; e/e という遺伝子型のみに一対一対応しています。ゆえに、この実験計画なら、目的の遺伝子型をもつ個体を、表現型をたよりに選抜可能であることがわかります。一方で、cn/cn; e/e 以外の遺伝子型を確実に選び出すことはできません。


Table 1.4 ♀♀ cn/+; e/+ × cn/+; e/+ ♂♂ から得られる次世代の表現型
分離比は [cn e] : [cn] : [e] : [+] = 1 : 3 : 3 : 9。
♂由来の配偶子
cn; e cn; + +; e +; +
♀由来の配偶子 cn; e [cn e] [cn] [e] [+]
cn; + [cn] [cn] [+] [+]
+; e [e] [+] [e] [+]
+; + [+] [+] [+] [+]