核型と性差




核型


核型(karyotype, かくがた)は一個体がもつ染色体の一式を指し(文脈によっては個体ではなく、種や細胞であったりします。n2n と表記する核相とは混同しないように注意しましょう。)、各染色体の特徴(長さ、形、動原体の位置など)がわかるように示された写真・スケッチ・模式図のことです。生物学の教科書によく登場する核型は、有糸分裂中期に現れるX字型の染色体を撮影し、その写真を切り貼りし、大きくて特徴的な常染色体から順に並べたものです(例:Tonomura and Tobari 1978)。ショウジョウバエの業界では、染色体を放射状に並べた核型も頻繁に登場します(例:Bridges 1916, Bridges 1916)。例えばFlybase> Species> Synteny Tableにはkaryotypeとして花柄のような模式図が掲載されています。これはショウジョウバエ科の染色体本数が少ないからできることです。一般的にはモノクロで描かれますが、この図では6色に色分けされています。これらの色分けはマラーエレメント(Muller Elements)と呼ばれ、種間で同祖的な領域は共通の色で示されています。ショウジョウバエ科の種分化の歴史上で、何度も染色体同士が切れたりくっついたりを繰り返したことがうかがえます。

モデル生物であるキイロショウジョウバエ(D. melanogaster)の雌の核型は4組8本の染色体で構成されています。図説がほしい場合はこちらのPDFを御覧ください。第一染色体はX染色体のことで、動原体は染色体の端にあります。常染色体は、第二染色体と第三染色体と第四染色体です。このうち第二染色体と第三染色体は動原体を中央にもち、動原体を境にして左腕と右腕に区別されます(両腕の長さはほとんど同じに見えるので、長腕とか短腕といった表現はしません)。第二染色体と第三染色体の長さは第一染色体の約二倍です(Table 1. のユークロマチンに注目)。第四染色体はとても短い染色体で、遺伝子も少ししか乗っていません。交配実験では無視されることが多いです。第四染色体は遺伝的組換えが起こらないものとして扱われます。


Table 1. 各染色体の大きさ(単位 Mb)
染色体ユークロマチン
Euchromatin
ヘテロクロマチン
Heterochromatin
合計
X21.919.941.8
Y0.040.940.9
2L22.26.228.4
2R20.312.132.4
242.518.360.8
3L23.49.232.6
3R27.98.336.2
351.317.568.8
41.23.14.3
合計*116.958.8175.7

Celniker and Rubin (2003) をもとに作成。
Mb (mega base pairs) = 1,000,000 bp (base pairs)
kb (kilo base pairs) = 1,000 bp
*ここではX+2+3+4の合計塩基数を示す。
 これは 1 bp ≈ 340pm として単純計算すると、全長6cm弱となる。




性差



性決定


キイロショウジョウバエの性染色体には、X染色体とY染色体があります。XXが雌、XYが雄になります。染色体不分離が起こったり、付着X染色体を用いた交配などで性染色体の数が二本ではなくなることがあります。例えば、XOのようにX染色体を一本だけしか持たない個体は雄になります(Oは染色体がないことを示しています)。性染色体が三本でXXYとなれば、雌になります。Y染色体には、遺伝子がほとんど乗っていません。よって、YOのハエは見ることができません。XYの雄では、X染色体一本分の遺伝子が足りないので、X染色体上の遺伝子発現を二倍にしています(遺伝子量補償, 遺伝子量補正, dosage compensation)。

参考文献
澤村京一 2005. 遺伝学(初版). p. 80. サイエンス社



形態


キイロショウジョウバエの成虫を考えてみましょう。まず、雌のほうが雄よりも体が大きい傾向があります。腹部背板の模様は、雌が横縞模様で、雄は尻先が黒く着色しています。尻先に注目すると、雌を側面から見るとウサギのしっぽのような突起(腹部腹板第9節と腹部腹板第9節, 日本ショウジョウバエデータベース(JDD)で確認する)があります。雄の尻先を腹側から見ると、一対の交尾器が露出しているのがわかります。空瓶にいれたハエを観察すると、交尾器が黒っぽい点として確認できるので、雌雄判別が容易です。羽化したての体色が薄い雄でも、交尾器のクチクラは茶色っぽく着色しているので、判別に困ることはありません。雄の前脚ふ節には性櫛(sex combs, せいしつ, JDDで確認する)と呼ばれる、短太剛毛が櫛状に並んだものがあります。



発生


羽化は雌のほうが早い傾向があります。したがって、処女雌集め(通称Vとり)は羽化開始初日から数日間が効率的です。それ以降は雄ばかり羽化してきて、大量の処女雌を得ることはできません。性比はほぼ1:1ですが、雄のほうがわずかに少ない傾向があり、飼料条件が悪いと雄の数が盛り返すようです(森脇 1979)。

参考文献
森脇大五郎 1979. ショウジョウバエの遺伝実習 (初版). pp. 52-53. 培風館



遺伝的組換え(Recombination)


キイロショウジョウバエをはじめ、多くのショウジョウバエ科の動物では、雌だけで組換えが起こります。交配実験では組換えが起こってしまうと不都合な場合があります。そのようなときは、組換えを起こしたくない染色体を雄親から遺伝させるか、バランサー染色体を利用します。雄では組換えが起こりませんから、いつでも雄経由で遺伝するY染色体は、X染色体との間で組換えを経験することがありません。なお、D. ananassaeのように雄組換えが発見された種は、進化遺伝学上面白い材料としてさかんに取り上げられてきました。カイコ(Bombyx mori)では雄で組換えが起こり、雌では組換えが起こらないので、ショウジョウバエとは逆です。