スクリーニング




スクリーニングとは宝探しである


スクリーニング(screening)とは、突然変異体を探すことです。色や形の異なる可視突然変異は、私達の身近にもたくさん潜んでいます。白いカラス、青いザリガニ、赤眼のクワガタなどの話題を見聞きしたことがあるでしょう。しかし、多くの突然変異は劣性のため、かくれて見えないだけなのです。ここでは、そんな変異体を見つける基本テクニックを紹介します。



近親交配をおこなう


単一雌系統の作り方は、すでにお話しました。もしも、この一頭の雌が突然変異を持っていたら、単一雌系統の孫世代で分離してくるはずです。ここで突然変異(mutation)を持った雌の遺伝子型を m/+ とし、交配相手の雄は野生型 +/+ だったとして、スクリーニングの過程を見てみましょう。

P   1♀      m/+ × +/+      ♂♂
F1 m/+  m/+  m/+  +/+  +/+  +/+
F2 m/m
m/+  m/+  m/+  m/+  m/+  m/+
+/+  +/+  +/+  +/+  +/+  +/+  +/+  +/+  +/+

F1ではすべての個体が [+] となります。羽化したハエはバイアルの中で勝手にランダム交配しますから、これを新しい餌瓶に移して産卵させます。やがて羽化してくるF2の中には、1/16の確率でホモ接合体 m/m [m] がいるはずです。ただし変異体は幼虫時期の競争力、羽化までの生存力、羽化後の生活力が小さい場合があります。そうなると、出現率は1/16以下と思っていたほうがよいでしょう。これは、その変異自体の性質であったり、連鎖している有害変異の影響であったりします。いずれにしても、一本の飼育瓶中で大量に産卵させないのがコツです。



修飾因子を探す


可視マーカーの表現型が遺伝的背景によって、変化することがあります。たとえば vg/vg の系統は、とても小さな翅が生えています。これを様々な系統と交配してみると、組み合わせによっては細長いフィラメント状の翅や、スティッチリッパーのようなおもしろい形状の翅をもった後代が得られます。つまり、交配相手に用いた系統内に、vg の修飾因子(modifier)があったのです。毎世代、好みの個体を選抜しては姉弟交配を繰り返すことで、オリジナルの系統を作出できます。こうした選抜は、古典園芸や鑑賞動物の世界では常套手段ですから、経験的に知っている育種家もいらっしゃるでしょう。こうした育種遊びにハマるひとは、進化生物学に向いているかもしれません。育種と進化の共通点を指摘したダーウィンは、ハト*の飼育から研究のヒントを得たようです(Darwin 1859)。中立説で有名な木村資生も、ランの育種家でした(日本欄協会 1972)。「niveumから伝えられた白花の遺伝子がかなり強い優性度をもつことを意味する」という言い回しは(1972)、いかにも集団遺伝学者らしいですね。Kimuraの名を冠したPaphiopedilumの品種が存在します。育種は進化の追体験であり、そこから得られた経験則が研究の着想を導くのかもしれません。

*最近、ハトの様々な品種がもつ羽冠が、どれも同じ可視マーカーであるらしいことが報告されました(Shapiro et al. 2013)。羽冠は品種ごとに特徴があって、トサカのようであったり、襟巻きのようであったり、帽子のようであったりします。つまり、質的変異である羽冠(cr)への修飾因子を、系統(品種)ごとに選抜してきたものと想像できます。経験ある愛好家から見れば修飾を差し引いて同義的な羽冠でも、科学の土俵で「同義である」証拠を得るには膨大な手間が必要だったようです。キイロショウジョウバエでは、今でこそ既知の可視マーカーと相補性検定して遺伝子座を決定できますが、最初のアリルを調べるのは大変な仕事であったろうと思います。

参考文献
Darwin 1859. On the Origin of Species by Means of Natural Selection (2ed).
日本欄協会 1972. 洋蘭 (初版). pp. 272-282. 誠文堂新光社
Shapiro et al. 2013. Genomic diversity and evolution of the head crest in the rock pigeon. Science 339:1063-1067.



劣性致死変異を探す


不可視変異(劣性致死変異、劣性不妊変異、欠失etc.)、とくに劣性致死変異のスクリーニングに重用されたのが Cy法 や Cy-Pm法 です。以下の交配図に登場する Cy/Pm は In(2LR)SM1/In(2LR)Pm と考えてください。遺伝的組換えの起こらないバランサー染色体 SM1 を利用して、劣性致死変異を系統化します。たとえば、下記のような交配を行います。

P   ♀♀ Cy/Pm × +/+ ♂♂
F1 ♀♀ Cy/Pm × Cy/+ 1♂
F2 ♀♀ Cy/+ × Cy/+ ♂♂
F3 Cy/Cy
[lethal]
Cy/+
[Cy]
+/+
[?]

まずF1において、Cy/+ の雄を一匹だけ取り出します。そして、この1♂を Cy/Pm に戻し交配します。つづいて、F2の中から Cy/+ の個体だけを選抜します。この個体たちは父親から由来した、たった一本の+染色体を共有しています。これらを姉弟交配し、F3にて +/+ を得ます。この +/+ は、第二染色体の全長にわたって、完全なホモ接合です。そのため、F1の1♂が劣性致死変異を持っていれば、F3にて +/+[+] のハエが羽化してこないはずです。このように劣性致死変異のスクリーニングに成功すると、毎世代 Cy/+[Cy] のみが羽化してくる平衡致死系統となります。この Cy法 や Cy-Pm法 は、1970年代の集団遺伝学黄金期を支えた重要テクニックでした。

参考文献
向井輝美 1978. 集団遺伝学. 講談社.