逆位(Inversion)
逆位(Inversion, 記号In )は染色体の一部が逆転したものです。In/+ のような逆位ヘテロ接合体の唾腺染色体では、相同な部分同士がむりやり対合(ついごう)して、ループ構造として観察されます。では、逆位の記号表記を見てみましょう。
In(2L)t
これは、インバージョントゥーエルティーと読みます。この逆位は世界中のキイロショウジョウバエ集団に見られる、コスモポリタンな染色体多型です。In が逆位であることを示し、(2L) はこの逆位が第二染色体(2nd chromosome)の左腕(left arm)上に存在することを示します。t はこの逆位の愛称です。染色体変異が生じるときに染色体の切れた位置をブレイクポイント(切断点, breakpoint)といいます。In(2L)t の構造は、ブレイクポイントを書き出すことで In(2L)22D3-E1;34A8-9 と表されます。ブレイクポイントは唾腺染色体のバンドを観察することで調べられます。22D3-E1はひとつめのブレイクポイントが存在する領域で、第二染色体上の22Dにある3番目のバンドから22Eにある1番目のバンドの間のどこかに存在していると読み取れます。34A8-9はふたつめのブレイクポイントが存在する領域です。第二染色体はこのふたつのブレイクポイントで切断され、切り出された断片は逆転して再びつながったのです。別の例を見て見ましょう。
In(2LR)SM1
これは、インバージョントゥーエルアールエスエムワンと読みます。(2LR) はこの逆位が第二染色体の左腕(left arm)から右腕(right arm)にまたがっていることを示しています。SM1 が逆位の愛称で、Second Multiple 1の略です。ここで、一本の染色体上に染色体変異とマーカーが乗っている場合の表記を見てみましょう。
In(2LR)SM1, al2 Cy1 cn2 sp2
はじめに染色体変異を書いてカンマで区切り、続いてマーカーをならべていき、それぞれをスペースで区切ります。なお、一本の第二染色体上の左腕に In(2L)Cy があり、右腕に In(2R)Cy があるときは、
In(2L)Cy, In(2R)Cy, Cy1
となります。この二つの逆位は、発見されたときに Cy1 と連鎖していたため、 Cy という愛称が付けられました。染色体の構造変異に注目ている文脈では、この染色体を In(2L)Cy+In(2R)Cy のように表記していることがあります。
欠失(Deficiency)
欠失(Deficiency, 記号Df )は染色体の一部が失われたものです。遺伝子がなくなっているので、基本的に劣性致死となります。Df/+ のような欠失ヘテロ接合体の唾腺染色体では、+のほうが長く余ってしまい、唾腺染色体のループ構造として観察されます。では、欠失の記号表記を見てみましょう。
Df(2L)S
Df が欠失であることを示し、(2L) はこの欠失が第二染色体の左腕上に存在することを示します。S はこの欠失の愛称です。愛称は、関連のある遺伝子座や染色体地図位置を示していることがあります。この例では、Star 遺伝子座(21E)の周辺が欠失しています。Df(2L)S2 を例にとると、この欠失染色体の構造は Df(2L)21C6-D1;22A6-B1 です。つまり、二つのブレイクポイント(21C6-D1と22A6-B1の二点)で切断さて、この間の領域が失われていると読み取れます。ところで、動原体が失われるとその染色体は子孫へ伝達できなくなりますから、基本的に Df(2LR) というものにはお目にかかりません。ちなみに、マーカーを併記する際は、逆位の例と同じで Df(2L)BSC51, net1 cn1 などとします。
重複(Duplication)
重複(Duplication, 記号Dp )は一個体の中で、染色体の一部分が余分にあることです。例として Dp(2;2)S を見てみましょう。Dp が重複であることを示し、(2;2) は左にある番号の染色体に由来した断片が、右側にある番号の染色体にも乗っていることを示します。ここでは第二染色体の一部分が、第二染色体のどこかもう一箇所にも存在していることを示します。S はこの重複の愛称です。この例では、一本の第二染色体上に Star 遺伝子座が二つ乗っています。Dp(1;f)y+ のように表記されているとき、f は動原体をもつ新生の小さな断片を意味し、B染色体のようなものです(forked ではありません)。
相互転座(Translocation)
相互転座(translocation, 記号T )は、一般的には、一個体のなかで染色体の端が交換されている状態です。単純な例として T(2;3)dpD を見てみましょう。この染色体の構造は T(2;3)25A;95B-D です。つまり、第二染色体は25Aのブレイクポイントで切断されて、第三染色体の95B-Dにつながっていることを示しています。25Aは dp のそばです。
転位(Transposition)
転位(transposition)は一個体の中で染色体の一部が、別の部分に移動していることです。例として、Tp(3;2)C16 を見てみましょう。Tp が転移であることを示し、(3;2) は左にある番号の染色体からある領域が切出され、これが右側にある番号の染色体へ挿入されていることを示します。C16 はこの転位の愛称です。この染色体の構造は Tp(3;2)50E;66C;70C で、三つのブレイクポイントが示されています。この例では、第三染色体の66Cから70Cにかけての領域が切出され、第二染色体の50Eに挿入されています。挿入断片の方向など、複雑な染色体変異の構造を確認するには、唾腺染色体のバンドの順番を書き出した new order を参照するとわかりやすいです。Tp(3;2)C16 の new order は、21 — 50E|70C — 66C|50E — 60; 61 — 66C|70C — 100 です。交配や組換えによって移動元と移動先が別々の個体に受け継がれれば、転位は欠失と重複になります。
その他の記号
付着染色体(複合染色体, compound chromosome)は、頭文字をとって C(1)DX や C(1)RM などと表記されます。環状染色体(ring chromosome)も、頭文字をとって R(1)2 などと表記されます。
参考文献
Lindsley & Zimm 1992. The genome of Drosophila melanogaster (1ed). Academic Press, Inc.